さとりきねし

当サロンは、悟りに特化したキネシオロジーセラピーを提供します。

セラピーを行うにあたって、人間をどう捉えるか

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 呪術師は集合点を移動して見た人間を「光の繊維に包まれたタマゴ」と表現している。神智学ではその光の繭を内側から肉体、エーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体と分けている。

 

・肉体
 因果律によって物質化した体。

エーテル
 その人の気、雰囲気、ペルソナ、名前などで構成されている。

アストラル体
 いわゆる感情体。

・メンタル体
 いわゆる思考体。自我は肉体~メンタル体にまでまたがり「自分(エゴ)」を構成する。

・コーザル体
 いわゆる本質体、魂。集合魂元ダマから分離した小ダマ。

 

 調整時は、どの身体を対象としているのかを情報として取る。「メンタル体のみ」とか「肉体からアストラル体にかけて」など。対象が分かることで、有効な施術が判明しやすい。例えば、経絡は肉体とエーテルの重なり合った部分に働きかけていたりする。

 

 また、呪術師の見方だと人は「右の人間」「左の人間」二人で構成されている。世間ではアプローチとして左脳・右脳と捉えているが、これだと肉体以外の4つの体でのアクセスに不十分なのでこの表現をしている。右の人間は左脳的支配的で、左の人間は右脳的で全体性を持つ。眉の上でクロスしていて、左脳が右側を、右脳が左側を司っている。

 

 さとりきねしでは上記情報がメインになる。これが「私」の基本要素。

 

 

 

 さて、それ以上の「自分」にアクセス可能だろうか。元ダマや集合魂、6次元に存在する因果律(カルマ)、他の世界線など、「許可が降りる分だけ」つながることが出来る。ちなみに、前世は元ダマや集合魂の一部として取得する。厳密に言うと、前世はその人のものではない。課題や宿題として持たされたものにすぎない。

 

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お盆なので、霊の苦を減らす方向で

 親族や子孫であったり思考や感情など波長が一致すると、磁石で吸い寄せられるように霊はその人に憑く。憑依が長いと性格の一部になったりする。肉体を持っているが故、我々は非常にゆっくりではあっても進歩や悟りに近づくのだが、死んだ時に執着が多すぎると、重く暗い世界の中に漂ってしまい、元ダマに吸収されない。そして、霊魂は成長がほとんど止まってしまう。

 

 なので、セッションの対象・主役が「あなた」ではなく「霊」になることがある。これは、浄化とか浄霊のような強制的にあなたから剥がすのではなく、ある種の学び(理解)と悟りを持って離れていってもらう。同時に、その霊を呼び込んだあなたの信念や想いを解放すると、二度と憑かれなくなる。

 

<霊のリスト>

・神仏霊
・守護霊、先祖霊、因縁霊
 本当にどなたからも相手にされない状況、守護霊様さえも。人類の4割くらいがあなたのような生き方をしている。
 → 守護霊が祟ることはあまりないが、良くない守護霊がつくことがある。
・低級霊(不成仏霊、浮遊霊、地縛霊)
・自然霊(稲荷、龍神、井戸霊(龍神の一種)、天狗、木霊、精霊(妖精)、妖怪、悪魔)
・動物霊(狐、狸、犬(狼)、イタチ、猫、猿、牛、馬、蛇、蟲(虫))
・悪霊
・生霊
水子
・宗教霊

 

 以前、守護霊が私のアレルゲンになっていたことがある。守護霊の指導方針を私が受け入れられなかったというのが原因かと。

  

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  ちなみに「霊障太り」という現象がある。あまりよくない性質のエネルギーを沢山吸い込みすぎて浄化できないでいると、お腹がでっぷりと膨らんでしまう、江○さんのように。「あんなインピーダンスの高そうな霊能者の言うことは信用できない。」と知り合いは言っていた。

 

インピーダンス…電気抵抗の一種。脂肪が多いと電気の流れが悪くなる、と言いたかったらしい。電気信号は神経回路の速さにつながっており、太っている覚者はあまりいない。

 

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言霊による解放

 「あ」から始まった宇宙が「わ」で終わるという音による祝詞五十音図。日本のことを「倭国」「大和」和の国と呼ぶのは、この世界の終焉の役割を果たす国だから。「あ」はあなた=youで、「わ」はわたし=Iと二元性に対応している。数秘的には「あ」が始まりの1(行目)にあたり、「わ」が1~9を全部くくる10(行目)(=0)になる。アラビア数字の0が輪(和)なのは出来過ぎにすら見える。

 

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五十音図の話

 

 五十音図悉曇学(サンスクリット)と音韻学から発展し、中世から江戸、明治と発展してきた。そして、これ自体が調整に使える。「あいうえこかき~わいうえを」や「あかさたなはまやらわ」など、声に出す。

 

 また、他にも使える言霊がある。

いろは歌(いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす)

君が代(きみがよは ちよにやちよに さざれいしの いわおとなりて こけのむすまで)

・ひふみの祓詞(ひふみよいむなやこともちろらねしきるゆゐつわぬそをたはくめかうおゑにさりへてのますあせえほれけ)

 

 

 

おまけ

 これらの祈りは特定の存在(悪魔や神など)に無条件でエネルギーを与えているのではないかという疑いに対して。

 

 筋反射でチェックするとそれはないと出る。君が代を唱えても、天皇の集合魂や日本国の系譜にエネルギーがいくわけでもない。調音という意識に合わせると良い。

 

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あなたの家が流木に流されないように

 21世紀に入り各地で災害が多発するようになった。地球の意図による浄化なのだが、何を浄化しているかというと地球上に積もり積もったエゴであり、不自然な生命を消すためでもある。

 

本の森林面積

http://www.shinrin-ringyou.com/forest_japan/menseki_tikuseki.php

 

 日本は国土の2/3が森林で覆われており非常に自然豊かである、と思われている。内訳は天然林が1500万haで人工林が1000万haで、この人工林が曲者である。

 

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クマにあったらどうするか:アイヌ民族最後の狩人 姉崎等

 

 アイヌマタギは「大規模植林された人工林は森ではない」と喝破している。天然林を伐採した後、杉や檜の単なるな木の工場になっていて、動物が食べる実がない。植生も単純で多様な昆虫や動植物が共存して生きていける環境になっていない。そのせいで、熊や猪や猿や鹿が人里へ食べ物を探しに出てきてしまっている。つまり、野生動物による農作物被害の原因なのだ。

 

 そして、挿し木の杉や檜は根が浅い。実生は深く深く根を張るので少々の風や雨でも倒れないが、大規模植林した森はすぐに倒れ流されてしまう。特に30年以上成長した木は危険と指摘がある。

 

blog.livedoor.jp

 

 戦後林野庁は沢や急斜面にもともと生えてた根の深い天然林を伐採し、そこに根の浅くなる挿し木の植林をしたのだから災害が起きて当たり前なのである。

 

 ここにきて地球は不自然な生命を浄化しようとがんばり始めた。その対象は、遺伝子組換作物だったり、薬漬けの人間だったり、埋め立てられた土地だったり、不自然な森だったりする。

 

 もし、上流に不自然な人工林がないか、チェックをおすすめする。

 

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ウリとナムの間

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 嫌韓が人口に膾炙してきている今日此の頃、韓国人&朝鮮人の魂を解放するプロトコルをまとめた。

 

 まず、この独特な民族性はエル・ランティ支配下のイルプロラシオンから来ており、思想的均一性や物質への執着、技術に暗く政治に人材が多い、嘘に対する許容などに特徴が見て取れる。それに加えて、黄色人種特有「自尊心、愛国&売国」の課題が組み合わさって、韓国&北朝鮮という強烈なアイデンティティが暴走している。

 

 そして、エゴの成長という観点から見ると若い、というか、びっくりするほど幼い。この気質と同調するものも少なからずいて、日本を始め世界各国の政治やマスコミで共鳴している。なんせ、イルプロラシオン系統の魂は地球で20億人近くに上るので。この時代、生存に関して締め付けがきついため、なおさら悲痛な叫び声が拡大してしまっている。

 

 そのため、この気質を理解&解放することは少なからぬメリットがある。当事者(ウリ)も関係者(ナム)も。

 

プロトコル「イルプロラシオン」

・ウリ(自分自身とその仲間と認識されたもの)
・幼いナルシシズム自己愛性人格障害。甘え。

自己愛性人格障害
 1.自分が重要であるという誇大な感覚
 2.限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
 3.自分が"特別"であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達(または団体)だけが理解しうる、または関係があるべきだ、と信じている。
 4.過剰な賛美を求める。
 5.特権意識。つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する。
 6.対人関係で相手を不当に利用する。すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
 7.共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
 8.しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
 9.尊大で傲慢な行動、または態度。
・ウリ=幼児的自己同一化「私たちは知り合いではないか。」韓国が日本に対してよく使う「隣国」「兄弟」も同じたぐいの言葉。
・「情」なにがあっても許すべき、許し合うべきだ。
・「ひとつである」と「分離感」を乗り越える。

 

・ナム(自分以外)
・その存在が意識されない、意識できない。
・「恨」なにがあっても許すべきでない、お前のせいだ。
火病。極度に怒りを我慢して溜め込む事によって起こるストレス性障害。

 

・ウリが得をすること。
・ナムからの搾取。ナムに損をさせなければウリの得が損なわれるのではないかという意識。
・上の階級による搾取。
・生贄性。
・強すぎる被害者意識。「ナムは加害者、ウリは被害者」という言い訳が自らを哀れな存在に落とす。

 

・ウリとナムの境界線をさまよう。
 「私はお前を友だちだと信じていたのに、後頭部を殴られた。」
 「人々は、もっと配慮し合いながら生きることはできないのだろうか。」
 「世の中は、いつからこうなってしまったのだ。」

 

・法律、条約、規則、約束、契約より、情と恨が大切&重要。

・どうすれば規則を守らずに生きて行けるのだろうか。出世するほど規則を守らなくなる。社会支配層になればなるほど手にした力、知識、人脈、処世術を総動員し、規則を守らない生き方を選ぶ。

 

 仙人、仙道士とはイルプロラシオン系のうち、人から何かを奪うということではなく「探求したい」「知識とか知りたい」という欲望の強烈な魂たち。

 

 そして、覚醒者が3人出ている。死にもの狂いの修行の段階の転生を重ねて、その積み重ねで覚醒までいっている。いわば集合魂が一丸になり、何が何でも覚醒をするという方向性を保持し、それを転生を重ねる小魂たちが頑張って成し遂げた。そして、イルプロラシオン系の人たちがアセンションしやすいようにサポートしている。

 

意図「イルプロラシオン系覚醒者の加護を頼む」

 

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任天堂の倒し方、知らないでしょ?オレらはもう知ってますよ

って、言ってた企業がいたが、「明晰性」という第二の敵に打ち負かされた。

 

> そういうふうに負けた奴は、ただ知者になることを冷たく止めるだけさ。そのかわり、そいつは楽天的な戦士とか道化になるだろう。しかし彼がそれだけ深く払った明晰さが暗闇とか恐怖にまたかわることは絶対にない。一生明晰だろう、だが二度と学んだり何かを望むことはあるまい。

 

諸行無常、アーメン、とある一企業の天命が完うされますように(-人-)ナムナム。

ドン・ファンの教え「知者」

  ドン・ファン系列の魔導士(呪術師)は、地球史上でも稀に見る覚醒を果たした。

 

 カルマも理解もすっ飛ばして、とにかくエネルギーをため込んで別の世界に脱出。現実世界に隠されている秘密のエネルギーを見つけ、現象界において生身のままで自由と叡智と力を獲得し、さらに力を蓄えたものはこの地上界からさらなる自由を求めて旅立った。

 

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呪術師と私―ドン・ファンの教え

 

 知者は学ぶという辛苦に真に従ってきた者。あせりもためらいもせず、できる限り深く力と知の秘密を探る者のこと。

 

 学ぶということは人が背負える最も困難な仕事なのだから、会話を通しての学習などはむだであるばかりか愚かなこと。人が学ぶことを始める時は常につらい努力をしなければならず、したがってその人の学習の限界はその人自身の性格で決まる。

 

プロトコル「知者への道」

 

 盟友とはその人を助け、忠告し、また大小善悪にかかわらず彼の行為に必要な力を与えるために、その人の生活にもちこめるような力。生活を高め、行ないを導き、知を深めるために必要。実際、盟友は知には不可欠の補助である。人が誰も啓発できないものをお前に見せ、理解させてくれる人間をそいつ自身を超えた所へ運ぶ力。

意図「盟友を持つ」

 

 彼は少しずつ学び始める-最初はほんの少しずつだ、それからたくさん学ぶようになる。そして彼の考えがすぐにくずれちまうんだ。彼の学ぶことは頭に描いたことも想像したこともないことなんだ。だから彼は恐れはじめる。学ぶということは思ってもみなかったことなのさ。学ぶことのステップひとつひとつが新しい苦労なんだ。だから体験する恐怖も無慈悲にがんとしてつのりはじめる。彼の意志は戦場になるんだ。

 こうして彼は第一の自然の敵に出会うんだ、それが恐怖だ!恐ろしく、油断もすきもない、打ち負かすことのむずかしい敵だ。あらゆる曲がり角で、うろつき、待って隠れているんだ。もし人がそれと面と向かって恐れて逃げ出したら、彼の探求に終止符がうたれるのさ。

 もし恐れて逃げ出したら、二度と学ばなくなる以外には何も起こらん。二度と知者にはなれんだろう。たぶんあばれ者とか無害な俗物になるだろうよ。

 恐怖に打ち勝つには、逃げないことだ。恐怖なぞものともせずにつぎのステップへ進むんだ。それからつぎ、つぎへとな。きっと恐怖でいっぱいになるに違いない、だが止まってはいかんのだ。これがルールだ。そうすれば、第一の敵が引き下がる時が来る。人は自分自身に確信を感ずるようになる。彼の意志はさらに強くなる。この素晴らしい瞬間がくれば、人はためらうことなく、おれは第一の自然の敵を打ち負かしたと言えるんだ。

 一度恐怖を打ち消したら、もう一生それからは解放される。恐怖のかわりに明晰さを手にするからだ。恐怖を消す心の明晰さをな。その頃までには自分の望みがわかるし、どうすればそれが満たされるかもわかる、学ぶべき新しいステップも予測できるし、あらゆるもののまわりを鋭い明晰さが囲むんだ。

 

意図「第一の敵『恐怖』に打ち勝つ」

 

 そこで、第二の敵に出会うこととになる。明晰さだ!心の明晰さだ。盲目的にしてしまう。それは自分自身を疑うことを決してさせなくする。

 何事もはっきりと見ちまうから、自分のしたいことは何でもできるという確信を持たせるのさ。彼は明晰だから勇敢だし、何事の前にも止まることがない。だがこれはすべてまちがいだ。彼は本当は完全ではないのだ。もしこの確信させる力に従えば、そいつは第二の敵に敗北し、学ぶことに失敗するだろう。辛抱強くあるべき時にあせり、急ぐべきときにのんびりしちまうだろう。そして、それ以上何も学べないような結果になるまで手探りするだろうよ。

 そういうふうに負けた奴は、ただ知者になることを冷たく止めるだけさ。そのかわり、そいつは楽天的な戦士とか道化になるだろう。しかし彼がそれだけ深く払った明晰さが暗闇とか恐怖にまたかわることは絶対にない。一生明晰だろう、だが二度と学んだり何かを望むことはあるまい。

 恐怖を負かした時にしたことをするんだ。つまり明晰さを無視して見るためにだけそれを使い、じっと待って新しいステップに入る前に注意深く考える。特に自分の明晰さはほとんどまちがいだと思わねばならん。そうすれば、自分の明晰さが目の前の一点にしかすぎないということを理解するときがくる。こうして第二の敵を打ち負かすんだ。そうして何物も二度と彼を傷つけない所へ着くわけだ。これはまちがいじゃないぞ。それは単なる目の前の一点じゃない。本当の力だ。

 

意図「第ニの敵『明晰さ』を打ち負かす」

 

 この時彼は、長い間求めてきた力がやっと自分のものになったことを知るんだ。それを使ってしたいことができる。彼の盟友は意のままだ。彼の望みがルールになる。自分を取り巻くものすべてが見えるんだ。だが、そこで第三の敵にぶつかる、力だ!

 力はすべての敵のうちでも1番強い。だから当然一番簡単なのは戦いをやめることさ。そうすれば、そいつは本当に無敵になるんだ。奴は支配する。つまり計画した冒険をすることから始めてルールを作ることで終わるんだ。かれは支配者だからな。この段階にいる者は、第三の敵が自分に近づいていることなどほとんど気づかないんだ、そして突然、何も知らずに戦いに敗れるんだ、敵はそいつを無慈悲な気まぐれ者にしちまうのさ。

 力に負かされた者はそれをどう扱うか知らずに死んでゆくんだ。力は彼の運命にのしかかるおにもつにすぎん、そういう奴は自分自身を支配できないし、いつどうやって自分の力を使うかわからんのだ。

 どうすれば第三の敵に勝てるか、それをうまく無視することだ。てっきり負かしたと思っている力は、実は決して自分のものじゃないことを悟らねばいかん。もし自分自身をコントロールすることのない明晰さや力が失敗より悪いことだということがわかれば、あらゆるものが抑制されている点に到達するんだ。そのとき、自分の力をどう使えばいいかわかるだろう、こうやって第三の敵を打ち負かすんだ。

 

意図「第三の敵『力』を無視する」

 

 その頃には学ぶことの最終段階にきている。そして何の警告もなく最後の敵にぶつかるんだ。老年だ!これは四つのうちで最も残酷な敵だ。完全に打ち勝つこともできずにただ戦うのみだ。

 この時こそ一切の恐怖も心のせっかちな明晰さもなくなる時なんだ。あらゆる自分の力はチェックされ、同時に休息への望みを強く持つ時でもある。横になって、忘れようとする望みのために完全に戦いをやめたり、疲労のために自分をなだめたりしたら、最後の一ラウンドを失うことになっちまう。敵はそいつを弱々しい年老いた生き物にまで落としちまうだろうよ。引退したいという望みは明晰さ、力、知をすべて無効にしちまうんだ。

 だが、その疲労を脱ぎ去ってずっと自分の運命を生き抜けば、仮に最後の無敵の敵に打ち勝ったほんの少しの間だけにせよ、その時知者と呼ばれるんだ。明晰さ、力、知のその瞬間で十分なんだ。

 

意図「第四の敵『老い』とただ戦う」

 

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