さとりきねし

当サロンは、悟りに特化したキネシオロジーセラピーを提供します。

エゴと自己投影

 バーナデット・ロバーツの「自己」のページを読み直し中。エゴの解放について手がかりを探して。

 

・知る自己

 心に「自らを投影する」機能がある。この自律的な心の機能のおかげで、初めて心は自らを認識できる。この機能によって心が自らを「対象」として認識し、意識の領域では「主体」が「対象」と一致する。意識の世界では、常に「自ら(主体)」が「対象」になる。つまり、「自己」「主体」の正体とは心が自らを対象として見ているもの。

 

 感覚は、単に外的な環境に感応しているに過ぎないもの。見たり聞いたり触ったりできる外的な環境。

 

 問題となるのは、「意識」の対象(自己)を「感覚」の対象とごっちゃにしたにしたときに生じる。投影機能のフィルタを介して入ってきたすべての外的な感覚情報に心が誤って「主体」の印を押してしまったことにある。心の投影機能が働いている限り、私たちはこの2つを完全に区別できない。その機能が停止したとき、初めて違いが明確になる。

 

・感じる自己

 五感や肉体エネルギーと結合していない「生の感覚」。深遠なる生の感覚は意識や存在の主軸をなす。

 

 この「知る自己」と「感じる自己」という二つの側面が意識を完成し、自己として体験することをすべて生み出している。

 

・自己の成り立ち

 最初に肉体エネルギーがあって、それから投影機能が働き、このエネルギーを自分のものと認識する。この認識を境に、肉体エネルギーと意思や精神エネルギーが分離される。このエネルギーが認識の構造に浸透して、思考や行動に活力を与える原動力が生じる。

 

・自己の超越

 自己を超越したいと思って、感情や構造を修正しようと努力しても徒労に終わる。脳の自動的で意図的に制御できない投影機能が働いている限り、「知る自己」も留まり、「エネルギーを経験すること」も継続し、「感じる自己」も生き続ける。自己の消滅は外部的な力に委ねるしかない。

 

 自己が自らを没することは不可能であり、意識あるいは自己が自らを葬り去ることができると考えるのは矛盾している。

 

 未熟なままで人がこの投影機能を破壊することは、どんな破滅行為よりも危険。しかし、いつ来るともしれないその時が来れば、投影機能は自ずと停止し、自己を必要としない生に道をゆずることになる。

 

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 プロトコル「投影機能を停止する」(肉体、エーテル体、アストラル体、メンタル体、コーザル体、因果律)

 投影機能は脳(肉体)だけに仕掛けられているのではなく、他の体にもプログラムされている高度な機能。

 

 厳密にチェックし、不要な解放はしない。エゴが壊れ、発狂する恐れがある。停止ではなく、低下(現在を100%)でもいい。

 

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